だいぶ遅くなりましたが、今回は学校薬剤師業務の一つである「 プールの 水質検査 」についてです。
僕の担当している小学校では6月下旬に行いました。
プール水における学校環境衛生基準は以下の通りです。
水道水と大きく違うのは、飲料ではないため味や臭気の項目がないことでしょうか。また有機物の基準が過マンガン酸カリウム消費量となっており、総トリハロメタンの検査項目が必須になっています。ただマニュアルにも記載されていますが、飲料水の基準を満たしていることが望ましいとされています。もちろん飲めるくらいキレイな水と考えれば当然それに越したことはありませんからね。
実際に現場で薬剤師が行う検査は飲料水(水道水)の時と同じでしたが、プールの規格は縦25m×横約13m×深さ約1mと体積も大きいため、「スタート側」「ターン側」「中央」の3箇所以上でそれぞれ検体を採取する必要がありました(中央はプールに入らないと採れないため体育教員にお願いすることになります)。検体採取の際も、原則的には水面下20cmあたりの水を採取するよう求められています。
遊離残留塩素は水道水と同じDPD試薬を用いた比色法(色の濃さで塩素濃度を測る)により判定します。
(遊離残留塩素については過去記事もご参照ください)
今回の記事ではプール水における遊離残留塩素やpH、総トリハロメタンなどの検査項目について少しずつ触れていきたいと思います。
プール 水質検査 の各論
遊離残留塩素
プール水においても微生物の増殖、汚染が進行しないように遊離残留塩素濃度が定められています。学校のプールでは不特定多数の児童が水に浸かることになり、体の垢や髪の毛なども汚染の原因となります。
基準値は飲料水の結合残留塩素と同じ0.4mg/L以上で、濃度が高過ぎても尿や汗に含まれる微量のアンモニアと反応しクロラミンが生成、目の充血や呼吸器異常、刺激臭などの原因となるため1.0mg/L以下が望ましいとされています。海外や日本国内の匿名調査でも、プール内で排尿した経験のある人が約20〜30%いるという結果もあり油断はできないという印象です。屋外では日光の紫外線による分解などによっても塩素が消費されるため、常に一定(0.4mg/L)以上の濃度が必要です。
実際に0.4mg/L以上あれば、プール水を介する感染症の原因ウイルスや細菌がプールに持ち込まれたとしても不活化・殺菌できるとされており(画像参照)、特にアデノウイルスはプール熱(咽頭結膜熱)、はやり目(流行性角結膜炎)の原因として知られ、プールの季節になると小児の間でも流行が見られるため、不活化できる意義は非常に高いです。
こうしたプール水を介した感染を防ぐためにも一定以上の遊離残留塩素濃度が必要となります。
pH
プール水におけるpHの基準値は5.8〜8.6でこれも水道水の水質検査と同じ基準値です。これより酸性ではコンクリートの劣化、配管などの腐食を引き起こす可能性があり、逆にこれより塩基性だと、遊離残留塩素の記事にも書きましたが消毒効果が低下してしまいます。
またpH5.8〜8.6の範囲外だと眼に刺激を与えることにもなります。医療機関で処方される点眼薬もおおよそこのpH内にありますが、散瞳薬であるミドリンM®︎点眼(トロピカミド)と同じくらいには滲みることになるかもしれません。(ミドリンM®︎点眼:pH4.5〜5.8、添付文書より。) 使ったことないとわからないと思いますが、人によって結構滲みます。
肝心の消毒も中性付近のpHの方が遊離残留塩素の分子形分率が増えて効果も高いです。
総トリハロメタン
トリハロメタンは文字通り3つのハロゲンを持つメタンで、し尿に含まれる有機物や土壌中に存在するフミン質(腐食質)などと遊離残留塩素が反応してできる副生成物です。特にクロロホルムには肝・腎毒性や発癌性があるとされており、総トリハロメタンとして飲料水では0.1mg/L以下、プール水での望ましい基準は0.2mg/L以下となっています。
フミン質には単一の構造がなく、芳香環や直鎖炭素骨格、カルボニル基や共役二重結合を多数含んだ難容性高分子化合物で、遊離残留塩素とのハロホルム反応によってトリハロメタンが生成します。
図のような反応機構ですが、高校化学でもヨードホルム反応は有名ですね。薬学出身者の方ならハロホルム反応の反応機構は描けるようにしておきたいところです。
総トリハロメタンはクロロホルム、ブロモジクロロメタン、ジブロモクロロメタン、ブロモホルムの4種類(ClとBrが合計3つとなる組み合わせ)のことで、プール水の場合はこの4種の合計を0.2mg/L以下にするのが望ましいとされています。
検体を採取する時には、それ以上反応が進まないよう残留塩素を除去するため、ビタミンC(アスコルビン酸)ナトリウムが加えられます。
プール水には残留塩素が含まれているため、アスコルビン酸ナトリウムを0.01〜0.02g加える。
学校環境衛生管理マニュアルp.133
反応式は、
C6H7NaO6 + HClO → C6H6O6 + NaCl + H2O
普通のビタミンCと違い、ナトリウム塩の方はpHに影響を与えることなく還元することができます。
大腸菌、一般細菌
大腸菌は検出されてはいけません。特に病原性大腸菌のうち腸管出血性大腸菌(O-157など)は重症化しやすく、溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こすと致死率も高まります。感染力は高いものの残留塩素濃度が基準値を満たしていれば死滅できるため、残留塩素が重要な働きをしています。
一般細菌は感染症のリスクを反映しているわけではないものの、汚染状況の目安として基準値が設けられています。
大腸菌や一般細菌の検査では、塩素で細菌が死滅してしまわないように予めチオ硫酸ナトリウムで還元しておく必要があります。検体採取容器にすでに白い顆粒状のチオ硫酸ナトリウムが入っており、水で容器をゆすがないように1回で採水し蓋を閉じます。
反応式は、
Na2S2O3・5H2O + 4HClO → 2NaCl + 2H2SO4 + 2HCl + 4H2O
H2SO4やHClが生成しますが菌活性に影響するほどの量ではないため問題ないようです。
学校での 水質検査 の流れ
例によって養護教諭(保健室の先生)と連絡を取り予め検査の日時を確認しておきます。プール水の場合はプール中央の検体も採らなければならないので、体育の先生の手隙の時間も確認しておかなければなりません。
小学校に到着してからは養護と体育の先生と一緒にプールへ移動し検査を始めました。体育の先生にプール中央の検体採取をお願いし、自分はプールのスタート側とターン側の検体を採取しました。検体採取する容器には残留塩素除去にチオ硫酸ナトリウムが入っているものもあるため、体育の先生には採取の際に容器を濯ぎ洗いせず、1回で採取しそのまま蓋を閉じるよう注意を促しておく必要があります。
現場で薬剤師の手で検査したのは遊離残留塩素の比色法による判定のみでした。水道水の水質検査の時と同じです。ただ今回はプールの3カ所で検体を採ったのでなかなかの重量になりました(笑) 牛乳パック3本と250mL缶3本分くらいですかね。それを教育委員会へ提出して完了です。
小学校に到着してから検体を持って出発するまで、時間にして30〜40分くらいだったので、そんなに負担には感じませんでした。比較的スムーズにできたかなという感じです。
検査や採水をしながら教職員とのコミニュケーションもよく取れて、いろいろなことを話しながら楽しくできました😊
その後検査結果も出たのでこちらです↓
このような様式になっており2週間後くらいに送られてきます。結果は適合でした👍🏼✨
プール 水質検査 のまとめ
プールは不特定多数が入水するため感染源となる病原体が持ち込まれると多数の感染者を出したり健康被害の原因になりかねません。眼、耳、鼻、口、皮膚などを介して様々な病原体や有害物質に晒されることになります。塩素消毒以外にもプールをキレイに利用することも重要です。
・具合の悪い時は無理に入水しない(二次感染予防と他者への感染拡大防止など)
・入水前にトイレを済ませ、体をキレイに洗っておく(髪の毛、垢、尿、汚れなどは水の汚染原因)
・落葉、土、虫の死骸、鳥のフンなどはこまめに取り除く(感染性病原体や有害物質の生成)
これらは一人一人が意識して取り組む必要もあり、プールを管理する側は上記のこと以外に残留塩素やプールの設備自体にも気を配る必要もあります。
夏のプールで楽しみながら泳ぎ方を学ぶ裏で衛生環境も非常に大事なものです。公衆衛生の向上及び増進は薬剤師法第一条にもあるように、薬剤師も健康に寄与するため深く関わっています。
併せて読みたい記事
参考:
・学校環境衛生管理マニュアル(文部科学省) p.120〜139
・学校における水泳プールの保健衛生管理(日本学校保健会) p.59〜71